小説

ハチ蜜・亮#2

  • 僕の実家は長野にある。
    父は不動産業を営んでおり、
    長男である僕がゆくゆくそれを継ぐことになっている。
    じゃあ何故今、東京で働いているのか。
    それは僕の意思ではなく。
    「社会人の経験もなく家業を継いでもダメだ」
    という父の意向だ。
  • 僕は大学を出てすぐ、就職活動をすることもなく
    父の友人の自動車販売会社に預けられた。
    昔から引っ込み思案で、
    人付き合いが苦手だった僕。
    父は少しでもその性格を改善できればと思ったのだろう。
    与えられた仕事は。
    営業職。
    もちろん・・・
    僕にむいているはずはない。
  • 入社後、いつまでたっても営業成績はぱっとせず。
    客からもあまり好かれない僕は。
    同僚からも上司からも、いいようには思われていなかった。
    「あいつどうせ腰かけだろ?」
    そんなOLに使われるような陰口を叩かれることも
    しょっちゅうだ。
    それでもやめずにいたのは。
    特にやめる理由がなかったからで・・・
  • 与えられた仕事をただ真面目にこなしているうちに。
    いつの間にか5年が経過していた。
    そんな冴えない僕に、
    可奈のような明るい彼女がいるなどと。
    きっと会社の連中は思っていなかったのだろう。
  • ある日、酔いつぶれてどうしようもなくなった僕を
    可奈が迎えに来たことがあった。
    ものすごく美人というわけではないが。
    人懐っこく明るい笑顔を持つ彼女には。
    人を惹きつける不思議な魅力がある。
    「いつもお世話になっております。」
    まるで妻さながらの挨拶をし、
    上司にたちまち気に入られた彼女。
  • その後しばらく社内は、
    僕のような冴えない奴に
    あんなデキタ彼女がいるという噂で持ちきりになり。
    なんとも居心地の悪い日々が続いた。
    ちょうどその頃。
    社内で友人などいなかった僕に、
    同僚の牧原という男がよく話しかけてくるようになった。
    可奈の容姿が彼の大好きなアイドルのなんとかちゃんとそっくりだ。
    というそんな理由からだったのだが・・・
  • 牧原は。
    デブで眼鏡という典型的なオタクだが、
    そのキャラクターからか、客からの人望も厚く。
    僕とは違い、常に営業成績はトップだった。
    可奈の一件があってから。
    僕は牧原によく飲みに誘われた。
    「なんで可奈ちゃんと付き合うことになったの?」
    「なんで可奈ちゃんは君を選んだの?」
    酔うと牧原はいつもそんな質問を投げかけてくる。
  • 正直今でもその理由が分からない僕には。
    「じゃあ可奈に直接聞いてみてよ。」
    と答えるしかなく。
    牧原はそのたびに、のろけだなんだと僕をからかった。
    今回結婚が決まり。
    そのことを牧原に報告したときも。
    「なんで可奈ちゃんはお前なんかを。」
    と大げさに泣くふりをして祝福された。
  • そういう風に言われることが、僕は嫌ではなかったし。
    僕自身も、可奈と結婚できることを誇らしく思っていた。
    事実、実家に可奈を連れて帰ったときも。
    両親は「ほんとに亮なんかでいいのか?」
    と何度も何度も可奈に聞いていた。
    苦笑いする僕の横で、彼女は満面の笑みで、
    「はい。こちらこそよろしくお願いします。」
    と頭を下げた。
  • ゆくゆくは長野に引っ越さなければならなくなることも。
    僕の親と同居しなければならなくなることも。
    可奈は文句一つ言わず了承してくれた。
    僕は恵まれている・・・
    ここのところよく感じる。
    27年間生きてきてこんなにも満ち足りた気持ちになったことがあっただろうか。
  • 可奈がこれからもずっと僕のそばにいてくれるなら。
    何でも乗り越えていける。
    そんな気がしていた・・・
    第二章へ

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